»

search

支離滅裂

 wordpressを勉強しつつ、作品、日記、その他を公開してます。

  • 最近のコメント

    • 私が今、幸せだということ に sky より
    • 私が今、幸せだということ に みほ より
    • 主婦って大変だったんだね。。。 に sky より
    • 主婦って大変だったんだね。。。 に 空氏 より
    • 個性って何だろうね? に sky より
  • カテゴリー

    • PC
    • メモ
    • 作品
    • 日記
    • 未分類
  • メタ情報

    • ログイン
    • 投稿の RSS
    • コメントの RSS
    • WordPress.org
  • 私は絵を描くことが好きだった?

    先日の大掃除話の続きなのですが、宝箱と同じダンボールから数枚の表彰状が出てきた。 それは小学生時代に貰った、読書感想画や写生大会でもらったものだった。 大賞なんてものはなくて、佳作やら銅賞やら参加賞に近いんじゃない?ってレベルのものが10枚程度。 ぁあ、そういえば絵、得意だったかも?いや、感想文よりは断然、得意だった。 と思い出し、物心付いて初めて持った夢は「画家」だったなーと宝箱の時のように淡い思い出を思い出した。 今みたいにイラストレータなんてお洒落な言い方でもなく、漫画家でもクリエイター、デザイナーでもない。 「画家」ってのが、貧乏くさいよね、なんか。 母が美術館によく連れて行ってくれたし、気に入った絵のポストカードを買ってもらったりした。 中学の時はサークルだけど、油絵もやってたなー。高校受験で行かなくなったけど。 高校では美術クラスのある高校も考えたけど、見学に行って通う生徒の本気度に自分のレベルじゃないな。と諦めた。 なんとなーく「画家」にはなれないと小学生時代に気付いて夢をボーッとにじませた。 その時、職業になれないと分かっても絵を描き続けるだけの情熱もなかった。その程度の好きさだった。 周りに少し上手いね。と褒められて、なんとなく得意なのかな?と思い込む程度。 私の子供たちは絵を描くのが好きだ。 きっと子供はみんな絵を描いたり歌ったりするのが好きだ。 その中からその子のホントの好きを伸ばせられるだろうか? それを職業や、もしくは一生の趣味になるように気付かせてあげられるだろうか? 少なくとも嫌いに不得手にならないように、気をつけていきたいと思う。 私は今、なんとなくイラストを描く仕事をしたりしている。ハッキリとイラストレータでもないけど。。。 今入ってる仕事、来月中旬までなんだよねー。上手く描けるといいな。 私は絵を描く描くことが好きだ。だからきっと上手くいく!!!! と自分に言い聞かせて、賞状を心の支えにしていきたい。

  • 心の中の宝物

    先日、大掃除をしまして。。。 結婚の際、実家から持ってきた思い出の品が入ったダンボール箱を整理した。 その中に下手っぴな字で「宝物入れ」と書かれた上履きが入っていたような白い箱があった。 中に何が入っているのか、なんとなく覚えているような。覚えていないような。。。   開けてみると誰かからもらった外国土産の変な模様のボールペンと、おもちゃの取り説なのか英語で書かれたものと、電報と腕時計が数点入っていた。 電報はまさに小学生の私にとっては最大級の宝物だった。 それには「そつぎょうおめでとう。あえるひをたのしみにしています。 おとうさんより」と書いてあった。 確か当時は開くと電子音楽が流れていた。 嬉しくて嬉しくて、でも電池切れでその音楽が鳴らなくなるのがイヤで、そーっと音が鳴らない程度、文字が読める程度開けて日に何度も眺めて、宝物入れを作ってしまった。 その箱からたまに取り出しては音が鳴るのを確かめて、すぐ閉じる。 それを繰り返していたなー。という淡い思い出を思い出した。 腕時計はお母さんに買ってもらったものと、お父さんに年に一度会った時に買ってもらったものが入っていた。 小学校低学年の頃はお父さんに会ったときは、おもちゃやゲームのソフトを買ってもらっていたけれど、大きくなるにつれ靴やカバン、時計と身に付けるものを買ってもらうようになった。 お父さんは気付いてないだろうけど、そうすることでお父さんを身近に感じたかった。 時計は毎日付けれるし、学校にもしていけた。 そうやって時計のコレクションは増えていった。 単純に時計が好きってのもあったけど。笑   だけど今回、思い出の電報は思い切って捨てた。 それは最初で最後のお父さんからの手紙だったかもしれない。 捨てたからって、その事実が無くなるわけでも、その思い出が消えるわけでもない。 時計は使えるのは使って壊れたら処分しようと思っている。   今回は結構、そんな思い出の品をどばーっと捨てたなー。 写真とか手紙とか、私はこれらのモノで作られている!!!!と再認識しながら、どばーっと捨てた。 それでも私は無くならない。

  • HUG ME!!

    大切ベスト3を上げるなら、旦那さん、子ども、友達、家族 だな。と寝起き様思った。 1つ多くない?とか重複してない?とかどうでもいい。大体、ランク付け出来ないほど重要人物たちなのだから。 元旦の夢で、友達とハグをした。 その子は遠く離れて住んでいて直接会うのは数年に一度。 ネット上での交流は頻繁にしてるし、身近に感じるけれど、夢で会うと長い間会っていないことに気づく。 たぶん多くの人は友人とハグをしない。そんな文化じゃない。 ネット上で身近に感じる人を実際に前にすると少しばかりの照れや現実世界の自分へ落胆しないかと変な見栄や虚勢を張ってしまう。 ハグはそれらを一瞬で凌駕するだろう。 男同士だとキモイとか、ムリってなるだろうね。女同士だから言えるのかもしれない(そんな彼らには握手をおススメ) でもとにかく久しぶりの友人とは出会い様にハグが一番だろうな。 肌を触れ合い、そこに居る友人を実感する。 彼女をハグして最大級に愛してるよ!!と表現したい(変な意味はそこにない) 次に会う時は人妻になっているのかと思うとハグもドキドキするな(そこに変な意味はない)

  • いいね! +1 Tweet B! 

    「Add Twitter, Facebook Like, Google plus one Social share」 記事ごとにタグをコピペするのが面倒なので、プラグインを導入してみた。 ダウロードして、Pluginsフォルダに入れて、有効化したら、あっさり簡単に追加できた。 検索してみると「B!」ボタンを追加している方がいらっしゃったので、真似してみた。 とてもありがたいです。ありがとうございます!!:) Debian GNU/Linux 3.1 on PowerMac G4 > http://d.hatena.ne.jp/paraches/20110711/1310392113

  • 当たり前⇒有難い

    最近よく「感謝」について考える。 私は親に感謝している。 幼い頃に親が離婚して母の手ひとつで(途中再婚したけど)育ててもらったということに感謝している。 頼る親類も一人しかいない東京で、幼子を抱えて当時離婚もそんなに多くなかっただろうに、世間の白い目を向けられながら職を探し、勤めた先ではシングルマザーであると同時に「沖縄」に対する差別も少なからずあったそう。 本人は苦労した。なんて一言も言わない。 あの頃は東京であっちこっち行って楽しかったね。と言う。 無駄な喧嘩も見せないで、東京に住むって経験も出来て、父親と早く離婚して良かった。と言う。 本当にその通りで、私は父親に対して悪いイメージがない。 そりゃ、離婚するなりの理由や原因があったろうに、その場面を見る前に(覚える前に)離婚され、その上母親は文句や悪口を言わなかった。 たまに会う父親はおもちゃを買ってくれたり、遊びに連れて行ってくれたりで、いい人の印象しかない。 またお父さんとお母さんが結婚すればいいのに。なんて思った時期もあったけど、父親はすぐに再婚してたから、それを言える状況じゃなかった。 とにかく父親にもたまにだけど「会ってくれてありがとう」と思う程度に感謝している。 両親に、祖父母に「感謝しなさい」なんて、言われたことはない。 言われたことはなくとも感謝している。 片親でも卑屈に育たなかったし、ビンボーでもなかったし、友達にも恵まれたし、大病もしたことないし、とにかく平凡だけど、自分の中では最大級に幸せ。 学校ではきっと先生が「親に感謝しましょう」とか言われたんだろうけど、それを受け止めて内側から実感として思えるようになる人、とそうならない人の違いはなんだろう?と思う。 そして、息子や娘がそんな人に育つにはどうすればいいだろう?と思う。 子供に「感謝しなさい」なんて言いたくない。「うちの子に産まれて幸せなんだからね」なんて言いたくない。 自然の流れで、子ども達の中に「幸せだなー」「このうちに産まれてよかったなー」と思ってもらいたい。 「感謝してるよ」なんて言葉で言わなくていいから、「自分を大切にする人」になって欲しい。 それが最大級の親への感謝の気持ちだと思う。 自分を傷つけない。自分を押し殺さない。 大病しないように、大怪我しないように自分の体を大切にして、自分を大切にしてくれる友達を大切にする。 そんな人になって欲しい。 最近よくそんな事を考える。 追記----- アップした後、読み直したら病気したり、怪我したら親不孝みたいに書いてあるな、と思って追記。 誰だって、不意の事故や病気は避けられないものだから、それは仕方ないことだって分かってる。 私が言いたいのはそれを極力避けるような生活をして欲しいということ。 暴飲暴食をしない。危ない運転や無鉄砲な行動をしない。クスリをやらない。 そんなの当たり前だよ。って思うかもしれないけど、それを「当たり前」って思ってくれる人になって欲しいってこと。

  • 次ページへ »

     

Wordpress // Photon by Jacob Andreas